【over night】 - 1 -


「衛くん、衛くん!」

 扉を閉め切らぬうちから、衛の帰宅を待ち兼ねていたフィオレが飛び付いて来た。

「うわっ!いきなり何だよ、フィオレ…」
「衛くぅ〜ん、こんなの当たっちゃった〜♪」
「な、何?」

 フィオレは満面の笑みを浮かべて、手にした封筒を衛に差出した。
 開封された封筒の宛名は衛で、書留扱いで配達されている。

「これ、オレ宛の手紙じゃないか!フィオレ、勝手に開けちゃ駄目だろう!」
「君の名前で僕が応募したんだよ。ほら、中を見てよ」
「…ええ?」

 一枚の手紙とチケットが同封されていた。

「“御当選おめでとうございます。この度は弊社主催の……”…って、これ、○○ホテルの宿泊招待券じゃないか」
「そう。スィートルーム、カップル一組ご招待だって!ね、衛くん、一緒に行こ♪」
「…カップルって書いてあるぞ?」
「都合悪けりゃ、家族でも友達でもOKだってさ。君が気にするなら建前の関係なんて何でもいいよ?ねー、行くだろ?食事も付いてるんだよ♪」

 衛は手紙に添えられたパンフレットを興味深く見ながら眉を顰めた。

「…部屋は最上階のスィート。ここのホテルの夜景って有名なんだ。へぇ、食事もレストランで出来るのか。シェフも名声あるんだぜ。…いいなぁ」
「衛くんの好みにぴったりだろ?」
「お前、こういうのいつも運が良いよな。……ズルしてるんじゃないか?」
「どき♪」
「フィオレ?」
「そ、そんな事してないよ。ね、行かないの?」

 更に衛の眉間の皺が深くなった。

「………。行きたいけど、お前とだろ?」
「露骨に嫌がらないでよ」
「だって…」

 少し頬を紅く染めて、フィオレを睨め付けた。

「…お前、…絶対、その…。する…よな?」
「ホテルに泊まるのに、セックスしない訳ないじゃん」
「…やっぱり。お前の目的がそんなにはっきりしてるのに、行く訳ないだろ?」
「何で?衛くんの部屋でだってしてるんだから、一緒じゃないか」
「…確かにそうだけど…」
「じゃあ、たまには豪華な部屋で気分変えて乱れようよ。ね、いつもよりずっとずっと良い事してあげるからさ♪」
「それが嫌なんだ!」
「行かなきゃ、もっと酷い事するよ?」
「う……」
「たった一晩じゃないか。ここに一泊して食事して幾ら掛かるか、衛くん知ってるんでしょ?せっかく招待してくれるってのに、断る気かい?」
「いや、そんな勿体無いことは…」
「じゃあ、決まり♪」
「…判ったよ。…でも、酷い事、するなよ…?」

 フィオレは端正な顔に天使のような微笑を浮かべたが、衛は大きく嘆息した。

■ ■ ■


 一流ホテルに場を構えた評価の高い店ともあって、客は皆上品で優雅に食事を楽しんでいた。
 衛もフィオレ共々正装し、噂通りのシェフの味を堪能していた。

 こういう場での衛の物腰は慣れているが、フィオレも引けを取らなかった。
 どうやって学習したのかマナーを心得ている。衛はフィオレの堂々とした振る舞いに少々面を食らったのだが、それよりもスーツを見事に着こなしている彼の姿に気を奪われていた。

 フィオレの端正な容姿は、見る者を惹き付ける。
 普段は身近な彼の存在から特には気にしないのだが、時折その美しさを改めて知る事になる。
 気になると、フィオレの瞬きや喋る口許、指の動きや何気ない仕草が全て魅力的に感じてしまうのだが、衛はそれを決してフィオレに悟られまいと思った。

「こんな風にお前と食事するの、初めてだな」
「そうだったっけ?」

 フィオレをきちんとした場所での食事に誘ってやった事はなかった。
 彼がこんなにマナーを熟知しているとは思わず、衛は無意識に場違いだからと避けていた事を後悔した。

「いつの間に、食事のマナーなんて覚えたんだ?」
「一括で学習したから。いつの間にか」
「もっと早く、連れて来てやれば良かったな。…勿論こんな高い店、滅多には来れないけど」
「僕は君と一緒なら、近所のラーメン屋でも何処でも満足だよ」

 フィオレは初めてとは思えぬ手付きで、美味そうに食事を進めていた。
 肉も野菜も全て綺麗に片付けていく。

「お前、本当に何でも美味そうに喰うな」
「うん」
「特に好物って何?」
「…衛くんのザーメン」
「な、何…っ!?」
「君は嫌がるけど、衛くんのを飲むのが一番好き♪」
「ばっ、ばっ、馬鹿っ!!」

 突然いつも通りのフィオレの会話に引き戻され、衛は一気に顔を紅く染め上げて声を荒立てた。

「でも衛くんはしてくれないからつまんない。僕のも君の可愛い舌に零したいのになぁ。君のその喉が鳴ってくれたら最高なのに」

 フィオレはうっとりとした表情で衛の口許を見つめる。
 衛は咄嗟に口を手で押さえた。

「馬鹿、止めろよ、食事中に!」
「ごめん。今は君との食事を楽しむ時間だよね」
「……」



 衛はワインを飲んで気を落ち着けようとしたが、逆に心臓の鼓動が大きくなってしまった。
 フィオレは悪びれもせずに食事を続ける。
 衛も咳払いをして気を取り直すと、平然としているフィオレに退くまいと、会話を続けた。

「本当に好き嫌い、少ないよな」
「うん」

 あんなものを美味そうに飲み込める感性が、どうしても衛には判らない。
 フィオレには何度も無理強いさせられて、咥内に射精された事もあるのだが、衛は飲み込むことだけは決して出来なかった。
 対照的に、フィオレは必ず衛の放出したものを飲み込み、周囲に溢れた分まで舌で舐め取る。
 フィオレの舌が唇を舐める淫猥な表情を思い浮かべて、衛の心臓は更に脈打った。

「どうしたの?」
「い、いや、別に。その、時々不思議に思うんだが。食べ物の摂取は、生態的に問題はないのか?」

 思わず話題を変える。

「平気。僕、地球(ここ)じゃ、君達の生態構造に合わせてるもん」
「合わせる?外見だけじゃなくて、そんな事も出来るのか?」
「でなきゃ、ここには居られないからね。幼い頃はそういう事がまだ出来なかったから、君の傍から離れなきゃいけなかったんだよ。僕、花を捜すのと同時に、どうしたら地球の環境に適応する身体が作れるのか、色々頑張って試して来たんだ」
「フィオレ…」
「でもまだ完璧には出来ないから、限界が来たら留守しなきゃならない」

 衛の鼓動は、別な思いで鳴り始めた。

「お前、やっぱり無理してるんじゃ…」
「やだなぁ。何度も説明してるだろ?無理出来ないから、君を置いて行かなくちゃならないんだ。無理してでもずっと傍にいられるなら、とっくにそうしてるよ」
「駄目だ。絶対に無理なんてしないでくれ」
「衛くん」
「オレの為にお前が無理することなんて無いんだ…」
「…衛くん、そんなに僕のことが好き?」
「ば、馬鹿!そういう意味で心配してるんじゃない」
「いいよ。友達でも家族でも。心配してくれて嬉しい」
「……」

 フィオレは優しく微笑んだ。
 その笑顔に、衛は惹かれた。
 

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